私の不妊治療歴

他のブロガーさんも不妊治療について数多く書かれていますが、私のケースも参考になればと思い書かせていただきます。

人により不妊の原因は様々だと思いますが、私の場合は子宮内膜症、子宮腺筋症、卵巣嚢腫があり、妊娠し辛いのでは無いかと、病院の先生に言われていますが、ハッキリしたことは分かりません。

人により不妊治療の期間や原因は様々で、もしかしたら読んでいて不快に思う方もいるかもしれませんが、一人でも共感して頂けたり、参考にして頂ければ幸いです。

表.私の不妊治療歴

不妊治療歴

▶31歳で結婚

もともと、子宮内膜症、卵巣嚢腫があり、ピルで病気をコントロールしていました。
子供が欲しいという願望は結婚前からあり、すぐに妊活をスタートします。

▶妊活スタート(タイミング法)

ピルを止め、生理管理アプリや排卵検査薬を使い、タイミングで妊活をスタートさせます。しかし、失敗に終わります。近所の婦人科でエコー検査を行い排卵時期を予測して貰うも、上手くいきませんでした。

▶子宮頚部異形成手術で一時妊活中断

元々子宮頚部異形成持ちで経過観察を行っていましたが、軽度から中等度になり、ハイリスクであったため、手術をすることにしました。3か月妊活は中止になります。

▶32歳で不妊治療スタート(不妊検査、人工授精)

慶応大学病院で不妊治療をスタートさせます。不妊に関する検査を行いましたが、原因は分かりませんでした。人工授精を5回ほど行いますが、全て残念な結果となりました。

▶33歳で体外受精スタート

アンタゴニスト法で採卵を行いました。33歳という年齢を考えると10個くらい卵を取れるだろうと言われましたが、取れたのは6個
そのうち、3個が受精卵として凍結できました。
移植を2回行い、卵を3つ戻しましたが、全て残念な結果となりました。

慶応大学病院での治療は、薬を沢山使うことが多く下腹部痛や体調不良に悩まされました。

▶杉山産婦人科新宿に転院

慶応大学病院の治療の結果から、薬をある程度使いながら中刺激で採卵を2回行いました。卵は1回目で3個、2回目で5個取れましたが、異常受精などで、受精卵凍結には至りませんでした。

▶34歳 卵巣嚢腫腹腔鏡手術

今まで右側に卵巣脳腫があり経過観察していましたが、左に進行の早い卵巣脳腫が見つかり、悪性かもしれないということで、手術することになりました。
腹腔鏡手術後、AMH(卵巣年齢)は0に近い値となり、妊娠するのは難しいかもしれないと言われました。

▶34歳別の不妊治療専門クリニックに転院

今までの病院で不妊治療の結果が思わしくなかったのと、先生とのコミュニケーションを上手く取ることが出来なかったため、転院することにしました。

新しい病院では今までの治療結果に関係なく、低刺激で採卵を行う方針でしたので、私も低刺激で採卵を行いました。卵を取れるか心配でしたが、3個取れ、そのうち1つが受精卵として凍結することができました。

▶卵巣出血で腹腔鏡手術

しかし、その採卵で、卵巣出血を引き起こし、骨盤まで血液が広がり、意識を失いました。
出血が止まらず、その日に大学病院で腹腔鏡手術を受けることになりました。

出産も命がけというけれど、不妊治療も命がけです。

1か月前には卵巣脳腫の手術をしたばかりで、身体に負担を掛かっていたのかもしれません。

しかし、卵巣年齢(AMH)に近い私は、閉経する前に一刻でも早く卵をと取らないと焦っていました。

私はこの卵巣出血を起こした採卵を最後とし、これ以上採卵することを止めることを決意しました。

▶最後の卵を移植

凍結できた受精卵1つに、最後の望みを託しながら、最後の移植に臨みました。

着床の結果は初めて陽性をいただきました!

まだ流産等のリスクもありこの先どうなるか分かりません。
お腹の中で順調に赤ちゃんが育ってくれるように祈るしかありません。
期待もせず、でも絶望もせず、これからの期間過ごしていければ良いなと思っております。

まとめ

4年間の不妊治療でしたが、私の場合、持病の悪化や、卵巣機能の悪化、着床不全等乗り越えなければいけないリスクが多々あり、体力的精神的にもとても辛かったです。

どうしても辛いときは、精神科やカウンセリングにも通いました。
私のように、順調に子供を産んでいる友達や、親に相談することが出来ないという方は、同じ境遇の方に相談したり、カウンセリング等を行っている医療機関に頼るのも有りだと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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